南武線の車両基地であるJR東日本横浜支社中原車両センターが併設されている駅。当駅までの区間運転列車も数多く運転されている。そんな事情から当駅の構内は2面4線と高架化された駅の割には大規模である。当地区は富士通の関連施設が多く、駅舎から富士通の敷地へ伸びる歩道橋の規模には度肝を抜かれる。
車両基地は武蔵新城方の地平部分に設置されているが、どうやらこの基地だけでは全ての車両を留置しきれないらしく、矢向、武蔵溝ノ口、稲城長沼などの駅の側線にも車両を夜間停泊させている。
ところで「中原」という地名は最初から当地に存在したわけではなく、1889(明治22)年に小杉や新城など6つの村が合併することになり、新しい村の名前を協議した際に村々を通っている街道「中原街道」にちなみ「中原村」と名付けられた。要するに中原の由来は中原街道から起因しているということなのだが、では中原街道の「中原」の由来はというと湘南地区にある「平塚市中原」から採っている。この中原街道は平塚市中原から丸子の渡しを経てほぼ直線コースで江戸に入るため重宝されていて街道として栄えた。1590(天正18)年、徳川家康が初めて江戸城入りした時に通ったといわれている。ちなみに平塚市中原はプロ野球開催球場として名高い平塚球場がある平塚市大原のとなりの地域である。
|